真夜中の虹 69
そして智が真琴を手放すと心に決めてからおよそ2か月が過ぎた。智は真琴からあえて嫌われる様に徹底して芝居を貫いていた。とにかく話す時は絶対に真琴の目を見ない。そして約束事を交わしても決して実行せず、全てすっぽかす。これをしつこく繰り返していくうちに子供は自然とその人から愛して貰えないんだと気付く。最初の頃は真琴も一晩寝ればケロッとしてたけど、最近は自分に対して全然笑顔を見せない智に対し、完全に怯えるようにさえなった。それと同時進行で隔週で遠藤さんのお宅に預けられることで、遠藤さんの方が当然のことだけど居心地が良いと思う様になる。そんな中、智が陰で苦しんでる事も俺だけは知ってた。知ってるだけに、怯えてる真琴との板挟みにあって、俺は俺で自分のメンタルを保つことで精一杯だった。そんなある休日、真琴はいつものように遠藤さん夫妻に連れられ出掛けて行った。夕方、智の携帯に遠藤さんから連絡が入った。
「もしもし・・・あ、はい、大野です。・・・そうですか。真琴がそう言うのなら・・・俺は構いません。」
智はそう言って電話を切ると、ハァッーと大きく深い溜息をついた。
「遠藤さん?」
「ああ・・・」
「何て?」
「真琴、うちに帰りたくないって・・・」
「えっ・・・」
「はぁ・・・何だったんだろうな。マジで長かったな・・・」
横長のソファーに腰掛けてた智は、右腕で目元を覆うようなポーズでそのまんまソファーに仰向けに倒れた。
「智・・・あなた、大丈夫?」
「・・・」
大丈夫なわけないか。俺には悟られたくないから返事もしないんだろうけど、明らかに声を押し殺して泣いてるのが分かった。真琴が自分から帰りたくないって言ったら、そこがゴールだと決めていた。だから、これで全てが終わったということになる。シンと静まり返ったリビングで、なんだか俺も堪らず泣きそうになった。俺まで泣いたりしたら、智が無理して笑うしかなくなるに決まってる。出来れば今日だけはそっとしておいてあげたいって思った。俺は小太郎の散歩に行って来ると伝え、暫く智を一人にしてあげた。
頃合いを見て家に戻ると、リビングから笑い声が聞こえた。ちょっと、勘弁してよ。こんな時に来客?俺は慌ててリビングに顔を出した。
「えっ・・・松本さん?櫻井さんも・・・?」
「よっ、久し振り。お邪魔してるよ。」
「二人揃って・・・一体、今日は何事ですか?」
「まぁ、いいからカズも座れよ。おいらが二人を呼んだんだ。」
「えっ?」
「俺らも何のことか分かんないけど、とにかく適当につまみになるもの持って来いってこの人が言うからさ。」
「ホント、突然過ぎて焦ったよ。」
「んふふっ。カズも戻って来たことだし、乾杯すっか。」
「乾杯はいいけど、何かめでたい事でもあったの?」
「うん。暫く二人には迷惑ばっか掛けちゃったけど、この度おいら、本腰入れて仕事を再開しようって考えてるんだ。」
「え?マジで?」
「うん、だから再スタートのお祝いみたいな感じだよ。ほんじゃ、カンパーイ!」
「カンパーイ」
あの後直ぐに二人に電話して飲み会しようって誘ったんだろう。俺と二人っきりだと、真琴の話になって暗くなるの分かってるから、皆でこうやってワイワイ騒いで飲んでた方が確かに気は紛れる。とにかく智が笑ってるの見て俺は少しホッとしてる。
「それじゃ、早速仕事入れて大丈夫なんだよね?」
「うん。依頼が来たら即まわしてくれ。」
「おー、頼もしいねぇ。」
「あ、それから翔ちゃんにお願いが有るんだけど・・・」
「ん?何?改まって。」
「マネージャーを一人付けて欲しいんだ。」
「えっ?」
マネージャーなら俺が居るじゃん!当然のことながら、松本さんと翔さんは驚いた表情で俺の顔を見た。
つづく