真夜中の虹 73
「ただいまー。」
「あ、カズ、お帰り。どうだった?仕事復帰初日は。」
「うん、まぁ・・・」
「何か問題でもあったのか?」
問題大有りだよ!って言いそうになったけど、みのりという派遣された事務員の事を智はまだ知らないだろうから、ここはグッと堪えた。
「ううん、別に何も。」
「今夜はおいらの特製カレーだぞ。先に風呂入って来なよ。」
「へぇー、お風呂も沸いてるの?気が利くね。ありがとう、お言葉に甘えるね。」
俺が仕事に出ると決まって、家事も分担制にした。今日はたまたま智が手が空いてたから、全面一人で頑張ってくれた。それにしても・・・いつも以上に磨かれた洗面台や、浴室。随分気合入れて掃除してくれたんだなって、ちょっと感動すらしてしまった。
「カズ、着替えここ置いとくぞ。」
浴室の扉の向こうから、智の声がした。
「えっ?あっ、うん、ありがと・・・」
智は普段から優しいから、今更驚く事ではないんだろうけど、正直ここまでされる事って初めてだから、俺は完全に戸惑った。
【あ・・・アレか?今夜、したいってアピールか?】
だけど、そんな回りくどい事わざわざするかな?智ってそういう時は強引にでも誘ってくるタイプなんだけど。何か企んでる?まぁ、ここで色々考えたところで、どうせ直ぐに分かる事だろうから勝手に詮索するのはよそう。とりあえず風呂から上がり、智が置いてくれたスエットに着替え、髪を乾かして部屋に戻ると、もう即座に智が特別優しかったその意味が判明した。
「カズ、お誕生日おめでとう!」
テーブルの上にはバースデーケーキやシャンパンが準備されてて・・・そうだった。確かに自分の誕生日だって事をすっかり忘れてた。でも・・・それは
「えっ?待って。」
「忘れてたでしょ?」
「うん。でもさ・・・誕生日って明日じゃない?」
「そうだけど、時計見てみなよ。もう8時だよ。あと4時間で誕生日じゃん。」
「そ、それはそうだけど・・・」
普通は明日祝うものでしょ?何で前夜祭?ま、いいけど。
「ほら、座って!乾杯すっぞ。」
「う、うん。」
智はシャンパンの蓋を開けてグラスに注いだ。
「それじゃ、誕生日おめでとう!カンパーイ!」
「ありがと。」
シャンパンで乾杯した後、ケーキのローソクに火を灯してハッピーバースデーを歌い、ローソクの火を一気に吹き消すと
「それじゃ、おいらからカズにとっておきのプレゼント!」
と言って、長ーいキスを交わした。
「えっ?まさかプレゼントって・・・それだけ?」
「うん。不満か?」
「不満とかじゃないです。俺は昔から物欲無いから。」
だけどマジで?って流石に言いそうになった。
「んふふっ、冗談だよ。心配しなくてもちゃんと準備してあるよ。」
「いえ、覚えてくれてただけでも俺は感動してるよ。」
「だけど、それ渡すのはもう少しだけ時間をくれ。」
「え?」
「どうしても明日までには間に合わないんだ。」
「そ、そうなんだ。」
「来月の頭には渡せるから楽しみにしといてよ。」
「何だろう?楽しみだな。」
きっとネットでお取り寄せとかしてくれてるんだろうな。お互いサプライズとか苦手な人間だし、それも重々分かってるからこそ気持ちだけでも十分なんだけど、俺の事を喜ばせようとあれこれ必死に考えてくれてる事が何よりも嬉しかったりするんだよ。
「あっ、それともう一つ大事なこと言い忘れてた!」
「ん?何?」
まだサプライズとか準備してくれてるの?
「来週、おいらは仕事で家を空ける。」
「え?」
「1週間程帰れないんだ。」
「ええっ?それなら俺も一緒に・・・」
「いや、カズは仕事あるでしょ。」
「で、でも・・・」
前に智は俺を一人残し、沖縄へ行くと言って音信不通になってしまった。たかだか1週間と言われても、俺にはあの事がトラウマになっていないわけがない。もう、一気に不安だけが押し寄せてきた。
つづく