真夜中の虹 74
突然、1週間の出張を聞かされた俺は、出発間際の智に対しイライラを隠せずにいた。
「それじゃ、行って来る。留守の間、小太郎の世話頼んだよ。」
「うん、分かってる。」
「あっ、それから・・・」
「それから?」
「絶対に浮気すんなよ?」
「はぁ?それはこっちの台詞だよ。」
「おいらの事は心配すんな。それよりもおいらはカズの事が心配。」
「だったら、俺を一人置いて行くなよ!お前が勝手にそんな仕事入れるからいけないんだろ?」
「えっ?怒ってるの?冗談だよぉ。」
「知るか!」
「出掛ける前にやめてよぉ。行けなくなっちまうじゃん。」
智は不機嫌丸出しの俺の身体を引き寄せてギューッと力一杯抱き締めた。俺だって、こんな態度で送り出したくはない。だけど・・・どうしてもあの沖縄行きの事を思い出してしまうんだ。短期で帰って来ると笑顔で出て行った智は、帰って来るどころか連絡さえ取れなくなったんだもの。
「・・・本当に1週間で戻れるの?」
「勿論。」
「戻らなかったら?」
「戻るよ。」
「戻らなかったら?」
「ええっ?戻らなかったら、そうだなぁ・・・カズの言う事何でも聞く。」
「もし、1週間であなたが戻らなかったら、俺浮気する!」
「ええええっ?!マジか。そりゃあ、何が何でも戻らなきゃ。」
「今の言葉、よーく覚えといてね。」
ふざけてるようにしか聞こえなかったかもだけど、俺は真剣そのものだった。そこまで言わないと、どうもこの人何時もどこかフワフワしてて地に足が着いてないっていうか・・・しっかり捕まえておかないと、まるでヘリウムガスで膨らませた風船みたいに手放した途端に俺の手の届かない何処か遠くへそのまま飛んで行ってしまいそうなんだもの。俺はとんでもない人を好きになってしまったもんだ。でも、もう智の居ない人生なんて俺には全く考えられないから、たとえ何が有ったとしても俺はこの人について行くと決めたんだ。それから、軽くキスを交わし、名残惜しみながら玄関で出掛けて行く智の後ろ姿を見送った。
それから、特に何事もなく3日が過ぎて行った。智は俺が不安がってるのを知ってるから、毎晩寝る前に電話をくれた。何の仕事なのか、俺には教えてはくれないんだけど、何でもリゾート施設を借り切って引き籠りで作品を作る為の1週間らしい。うちでは集中出来ないからと言ってたけど、俺が居ると集中出来ない?それって結構深刻な問題だったりしないか?まぁ、俺はアーティストじゃないからその辺のメンタル管理とかまでは分からないから、智が仕事にやる気が出るって言うんなら、そこはやはりやりたいようにやらせるしかない。俺のせいで仕事に身が入んない、なんてことになったらそれはそれで大問題になるわけで・・・だから、今後仕事で家を空けるって言われても、その度に俺も駄々こねて甘えた事も言ってられない。だから、こうなるとこれからはお互いの事を干渉せず、ひたすら信じ合う事で関係を保っていくしかないのかも知れない。
暇を持て余してると、余計なことを考えてまた不安になるのがオチだ。俺もこういう時は仕事に集中すればいいのかも。そう考えて、相葉さんの探偵事務所へ出勤すると、いつになく相葉んさんのテンションが高く、俺の顔を見るなり喰い付くように話し掛けてきた。
「あっ、カズ!やったよ!めっちゃデカい仕事が入ったんだ。」
「お、おはよう・・・マジで?で、どんな?」
「浮気調査。」
「え、なんだ・・・またかよ。」
浮気調査なんて何時もの仕事と変わらないじゃん。まったく、どうしたらそんなにテンション上がるのか教えて貰いたいくらいだ。
つづく