真夜中の虹 81
結局、その日は戻る事を諦めた。今頃みんな心配してるかな?智も俺と連絡が付かないとなると、恐らく心配で相葉さんに事情を聴いてるかもしれない。出来れば一刻も早く連絡を取って無事であることだけでも伝えたいところだけど、スマホも完全に壊れてるし荷物の中に入れてたタブレットも今頃は海の底だろう。仮にそれらが無事だったとしても、こんな田舎では通信環境も悪くて使えないだろうし・・・
それにしてもヒロキさんは本当に俺の命の恩人だ。お世辞にもここは「快適」とは言えないけど、この寒空の下で野宿するよりも全然マシだ。サラリーマン早期リタイア組って、最近じゃ良く耳にするけど・・・あの人も色々と事情を抱えてるんだろうな。
「和也、天気が回復したら・・・また東京に戻るのか?」
「えっ、あっ・・・はい。いつまでもご厄介になるわけには。」
「こんなボロ家で良ければ、好きなだけ居てもいいんだぞ。」
「あ、ありがとうございます。」
俺はこの人に自殺未遂したと思われてるから、きっと直ぐに東京へ追い帰しても、どうせまた同じことをやり兼ねないと危惧してるに違いない。気持ちは有難いけど、そうも長い事滞在してるわけにもいかない。そもそも俺は自殺なんて考えたことも無いし。だからと言って、自分が探偵で、芸能人の不倫ネタ追ってたらチンピラに殺され掛けたなんて言える訳もないし。
「ところでヒロキさん、ここに来られて長いんですか?」
「いや、まだ半年ってところだ。」
「へえ。この家はどうやって探されたんですか?」
「一応、東京に居る時に空き家物件で探した。たまたまタダに近い金額で売りに出されてたんだ。ライフラインが何も無い状態だからな、持ち主は東京の老人で、自分でこの先管理も出来ないからって俺に譲ってくれたってわけ。とは言っても、実際住んでみると屋根と囲いの壁があるだけでほぼ毎日屋内でキャンプやってるのと変わらん生活だよ。」
「そりゃ大変だ。」
「だけど、気楽でいいぞ。」
「気楽かぁ。そうですよね。あ、でも電気・・・ちゃんと付いてますよね?」
「ああ、これは蓄電器に繋いでる。ガスはプロパン屋から調達してる。」
「なるほど。」
「まぁこれでも最低限、暮らしに困らないように工夫はしてる。ところでお前、酒飲める?」
「えっ?」
「日本酒だけど、ここの地酒はとにかく美味いんだよ。」
「へえ。」
「ちょっとだけ付き合えよ。こんなに寒いと飲まなくちゃやってられんだろ。」
「は、はぁ・・・それじゃちょっとだけ。」
ヒロキさんはアルミの鍋でお湯を沸かし、手際よく熱燗を付けてコップにそれを注いだ。
「それじゃ、乾杯。」
「頂きます・・・あ、なんか美味しい!」
「フフフッ、そうだろ?待ってろ、つまみも有る。」
そう言ってコンビニの袋に入った豆菓子やあたりめをテーブルの上に置いた。日本酒が胃袋に染み渡り、体中がポカポカと温まって来た。
「そろそろ寝るか?明日天気次第だけど、様子見て行けそうならコンビニまで送ってやるよ。」
「えっ?でも・・・」
ヒロキさんは車とか持ってるの?
「軽トラは有る。」
「そ、そうなんだ。」
ヒロキさんはぶっきらぼうな感じで、あまり人と絡みたくなさそうな雰囲気だったけど、こうして話してみると優しいし悪い人じゃなさそう。脱サラして自給自足生活ってなかなかパンチ有るけど、本人はこの生活に満足してるみたいだし。誰かと酒を酌み交わしたりするのも恐らく久し振りなんだろう。何だかちょっぴり嬉しそうに見えた。気楽でいいって言ってるけど、実は寂しかったりしてたんじゃないのかな。何があってこんな田舎で一人暮らしなんて・・・細かい事は聞けないけど、ちょっとだけ気になった。それから完全に睡魔に襲われ、俺は深い眠りに就いた。
翌朝、天気が回復したのか、窓から差し込む太陽の日差しで目が覚めた。普段飲まない日本酒を調子に乗ってがぶ飲みしたものだから、若干二日酔いで頭がズキズキと痛い。
「ヒロキさん、お水貰います・・・」
そう言って起き上がると、横に敷いてあったヒロキさんの布団はもぬけの殻で、家の中の何処にもその姿は見当たらなかった。
「ヒロキさーん?」
こんな朝早く、何処か出掛けた?流し台でマグカップに水を注いで喉に流し込み、さっさと顔を洗って物干し竿に干された洋服が乾いていることを確認すると、俺は急いでそれに着替えた。帰る身支度は出来たけど、肝心のヒロキさんが居ないと送って貰えない。俺は家の周辺を探して回った。家の真裏に裏山へと続く歩道があるんだけど、明らかにヒロキさんのものと思われる足跡が残っていた。俺はその足跡を辿ってその歩道を進んだ。200m程歩いた場所にはビニールハウスの畑が見えてきた。その入り口が開いていて、俺はビニールハウスの中を覗いた。だけど、俺が見た物は・・・
「ヒ、ヒロキさん・・・?」
畑の中にうずくまって苦しそうにしているヒロキさんだった。
つづく