真夜中の虹 82
「ヒロキさん!ヒロキさん、しっかりして!」
「ううっ・・・か、和也か・・・大丈夫だ・・・」
「大丈夫じゃないよ。顔色が・・・とにかく直ぐに医者を・・・」
ポケットからスマホを取り出すけど、俺のスマホは壊れて使えなかった事に気付く。
「クソッ、こんな時に・・・ヒロキさん、立てる?俺に捕まって。とにかくここじゃ横にもなれないよ。」
「す、すまない。」
ヒロキさんは細身だけどかなり長身だし、俺は俺で身体が小さいうえに体力も無いときてる。幾ら自宅が目の前と言えども俺がヒロキさんを抱きかかえて歩道を歩くのはどう考えても無理があった。だからなんとかヒロキさんに俺の肩を貸し、ヒロキさんの腰を支える様にゆっくりと歩いて家に戻った。
「はぁ、はぁ・・・着いたぁ・・・」
俺は何とかヒロキさんを布団まで連れて行き、そこに静かに寝かせた。
「和也・・・すまなかったな。」
「何言ってんですか。っていうか、医者に診せた方がいいですよ。ここから一番近い病院って何処だろ。」
「いや、医者は行かなくていい・・・いつものことだ。暫く寝てれば大丈夫だ。」
「で、でも・・・」
「持病なんだ。時々こういう発作が起きるが安静にしてれば治る。」
持病があるのに俺を助ける為に冷たい海の中に飛び込んだっていうの?あ、いや・・・それがキッカケで持病の発作が起きたのかも?だとしたら、完全に俺のせいだ。
「あ、腹減っただろ・・・今有るもので何か作るから。」
そう言ってヒロキさんは布団から身体を起こそうとした。
「今は飯なんてどうでもいいよ。ヒロキさんは寝てて!」
「もう、大丈夫だって。」
「ヒロキさん、軽トラは何処です?」
「え?あぁ、さっきのハウスの横にボロい軽トラが停めてあったの知ってるか?」
「ヒロキさん助けるのに必死で気付かなかった。」
「これは、その軽トラのキーだ。そうだ、今日は天気も良さそうだし、俺の事はいいからお前はとにかくコンビニまで行ってこい。店員に頼めば携帯も貸して貰えるだろう。」
そう言ってヒロキさんはズボンのポケットからキーを取り出すと、俺に差し出した。
「俺は・・・そこまで急がないから・・・」
そりゃ、俺だって急いで皆に無事を伝えたいのは山々だ。でも、きっと俺のせいで体調を崩してしまったヒロキさんをこのままほったらかしにして帰るなんて、まともな人間のすることじゃないよ。俺はヒロキさんが居なかったら死んでたかもしれない。だから、自分の事なんかよりも今はヒロキさんが優先だ。
「う・・・ん、それじゃ遠慮なく借ります。」
俺は走ってさっきのビニールハウスの場所へ戻った。勿論、ヒロキさんを何とか医者に連れてく為だ。ヒロキさんが言ってた通り、ハウスの横に軽トラが有った。よく見るとその軽トラにはタイヤチェーンが施されてた。どうやら俺の為に朝からここへ来てチェーン装備してくれてたんだろう。とにかく早くヒロキさんを病院へ連れて行かないと。だけど、病院へまともに行くとは言ってくれそうにないし、ヒロキさんには悪いけど、ここはちょっと芝居するしかないと思った。
「ヒロキさん、大丈夫?起きれます?」
「もう平気だ。」
「良かった。コンビニの場所がさっぱり分からないんで、案内してもらえますか?」
「あぁ・・・」
何とかヒロキさんを軽トラの助手席に乗せ、俺はコンビニへと向かった。コンビニに着くと、先ずは相葉さんに連絡を・・・と思ったけど、スマホが死んでるから番号がさっぱり分からない。普段番号で電話かけることが無いから覚えてるわけもない。とりあえず、定員に携帯借りて実家に電話してみたけど、留守にしてて誰も出てくれない。最悪だ。俺は電話を諦めて、ここから一番近い病院を尋ねた。何でもここから2㎞程離れた場所に小さい診療所があると教えてくれた。
「色々、有難うございました!」
俺が軽トラに戻ると、ヒロキさんはさっきより容態が悪そうで、ぐったりと項垂れていた。
「ヒロキさん!大丈夫?直ぐに医者に診てもらうからね。もう少しの辛抱だよ。」
「やめてくれ。大丈夫だと言ってるだろ・・・医者には行かん。さっさと帰ってくれ。」
「ヒロキさん・・・」
どこからどう見たって大丈夫そうではない。でも必至でそう訴えられたら、流石に戻るしかない。俺は仕方なくヒロキさんの言う通りにあの家に向かって車を走らせた。
「実は・・・俺はもうそこまで長くないんだ。」
「えっ?」
「医者から余命宣告もされてる。」
「ヒロキさん?」
「だから、お前のように自ら命を絶とうとする若者は放っておけないんだよ。お節介かもしれんがね・・・」
ヒロキさんが余命宣告?そ、そんな・・・俺は自分の耳を疑った。あまりの衝撃発言に返す言葉も見付からなかった。
そして、もうあと少しで自宅という所で、数台のパトカーが俺達の乗った軽トラを追い越していった。
「ん?何か事件でもあったのかな?」
そう言いながらヒロキさんの自宅に戻ると
「え?ちょ・・・何事?」
警察がヒロキさんの自宅の周りを取り囲んでいた。
つづく