真夜中の虹 84
智に殴られた頬がかぁーっと熱を帯びた。俺は片手でそれを覆いながら悔しさで溢れそうになる涙をグッと堪えた。
「あ、あの、二宮さん、少しお話を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」
後ろから一人の警官が俺にそう話し掛けてきた。
「も、勿論。」
それから俺はまた別の個室に連れてかれて、事の成り行きを覚えている限り警察の人に話した。
「それでは、あなたはホテルの部屋で二人の男に眠らされた所までは覚えてらっしゃるのですね?」
「はい、そうです。」
「で・・・気付いたら佐々木ヒロキの自宅だった?」
「さ、佐々木って言うんだ・・・あの人。あっ、うん、そうです。それで刑事さん?目撃証言で動いてると聞いたけど、それは一体・・・」
「二人の男と佐々木が話してた様子を目撃してた人が居たんですよ。」
「えっ・・・嘘?」
「犯人はこの波止場付近で眠っているあなたを後部座席から運転席へと移動させていたようです。そこに佐々木が現れたようで、その後二人の男は別の車に乗り換えて逃走したようです。」
「ヒロキさんは・・・俺が海に身投げしたって・・・それを助けたって・・・」
「全部作り話でしょうな。」
「そ、そんな!」
「何かされませんでしたか?暴力を振るわれたり・・・」
「と、とんでもない。真逆ですよ。ヒロキさんは俺にとにかく親切にしてくれました。きっと、何かの間違いです。ちゃんと調べて下さい。ヒロキさんは重い病気を抱えてて、今も取り調べ受けてる体力なんてきっと無いはずです。せめて、医者に診て貰って、その後でも遅くはないでしょ?」
「二宮さん、佐々木のことはどうぞご心配なく。無茶な取り調べはしませんし、こちらで何かあれば対応しますよ。警察に全てお任せ下さい。」
「そ、なんなの信用出来ない!」
「無理もありませんが大分お疲れなんですよ。一度ご自宅へ戻られてゆっくりお休みになって下さい。」
「俺は戻りません。明日も来ます。」
そう言って、俺は一旦警察署を出た。外で俺を待っていたのは智ではなく相葉さんだった。
「あっ、ニノ!」
「相葉さん?」
「無事で良かったぁ。さっき警察から無事保護したって連絡が有ってさ。あれ?大野さんは?一緒じゃないの?」
「う、うん・・・怒って帰っちゃった。」
「怒る?何で?」
「いや・・・ちょっとね。」
「ま、何はともあれだよ。とりあえず戻るか。」
「あっ・・・相葉さん、悪いけど取り急ぎ金貸して。」
「は?」
「俺、まだ暫く帰れそうにないの。スマホも駄目になったし、所持品も全て無くなったんだ。頼むよ。東京に戻ったら必ず返すからさ。」
「そ、それは構わないけど・・・」
「あ、そういえばみのりちゃんは?無事なの?」
「あ、うん。みのりちゃんはあの後直ぐに東京へ帰って貰ったんだ。」
「そうか。良かった。」
「ま、ここで立ち話もなんだから一緒に飯でも食おうよ。どうせ数日ろくなもん食べてないんだろ?」
「あ、うん、まぁ・・・」
俺はヒロキさんが気になってたけど、警察の中に居れば万が一倒れても何かしら対応してくれるだろうから、一人家に残して出掛けるよりは幾分安心かもって思って、俺は一旦相葉さんと近くの食事処に夕飯を食べに行く事にした。
「俺もあれから東京へは帰れてないんだ。」
「え?どうして?」
「勿論、ニノの事があったからだよ。」
「ゴメンね。俺がヘマしちゃったばっかりに。でも、佐伯がまさか反社雇ってガードしてたとは思わなかったな・・・」
「あっ、その事なんだけどさ。ニノを誘拐した反社の男って、どうやら佐伯側じゃないみたいなんだ。」
「えっ?どういうこと?」
「どうやら不倫ネタに直接佐伯を強請ろうと企んでたみたい。」
「は?それじゃどうして俺は消されようとしたの?」
「先に週刊誌とかに邪魔されたくなかったからだよ。世間に知られる前に強請を掛けようとしてたんだろうな。そこにニノが現れたもんだから、決定的証拠を握られる前に事故と見せ掛けて消そうとしたんだよ。」
「えええっ?何それ・・・俺、マジで死ぬとこだったんじゃん・・・」
「だから未遂に済んで本当に良かったよ。」
「いやいやいや・・・良かった、とかで済む話?だけど、これがみのりちゃんじゃなくて本当に良かったよ。」
「ニノが攫われて直ぐに長谷川さんに連絡して色々と調べて貰ったんだよ。それでそのことが判明したんだ。編集長の吉田さんも今回の件は凄く申し訳なかったって、取材費用全額と慰謝料まで払うと言ってくれてて・・・」
「当たり前だよ!分かってたら最初からこんな仕事引き受けないよ。これで死んでたら金じゃ済まない話だからね。俺一生あの人呪ってたと思う。」
「ってか、ニノどしたの?その頬っぺたの紅葉・・・」
「あっ・・・これは・・・何でもない。」
痕が残る程引っ叩かれたんだ。だけど・・・きっと智は俺なんかよりきっと寝ずに心配してくれてたはず。何も事情を知らない智にあんな言い方した俺も悪いよな・・・俺は智の悲痛な表情を思い出して、また泣きそうになるのを必死で堪えた。
つづく