真夜中の虹 86
ヒロキさんの手術は無事に成功した。ただ、ヒロキさんの手術は一時的な救命措置だったらしく、元々の持病を完治させるものではなかった。ヒロキさんはおよそ1週間程で集中治療室から一般病棟へと移動した。その間、俺は一度も東京へ戻ることなく広島の安い旅館に宿泊して毎日病院に通った。次第にヒロキさんは意識もしっかりして、なんとか俺とも会話出来るまでになった。
「和也・・・心配掛けて済まなかった。」
「何言ってるんですか。俺・・・ヒロキさんにもしものことがあったらって・・・」
「もう俺は大丈夫だから・・・それより、東京には戻らなくてもいいのか?」
「俺の事は心配しないで。そんなことより早く元気になって。」
「警察から・・・聞いてるだろ?色々と・・・」
「あ、うん・・・」
「嘘をついて済まなかったな。」
「嘘?」
「お前が身投げしたのを助けたって話さ。」
「実際助けて貰った事には違いないもの。あなたは俺の恩人だし、俺だってあなたに身元や事の成り行きを正直に話さなかった。」
「たまたまあの現場に居合わせてた俺はアイツらの会話を聞いてしまったんだ。眠ってるお前を自殺に見せ掛けて目の前の海に車ごと葬ろうと企んでた。こんな身体だし、冬の海に飛び込んで助けるほど体力がないのは分かってた。見た目で普通の奴らじゃないのも分かったし金で交渉して助ける方法しか浮かばなかった。だけど、金で助けたなんてダサいじゃん。だから本当のことは言えなかった。だけど、金を渡してる所を目撃されてたとはな・・・もっとダサかったな。」
「それでもヒロキさんが居なかったら俺は今頃本当に海の底に沈んでたかもしれない。」
「これは警察にも話したけど、もしもあのタイミングで俺が警察を呼んだとして・・・あの二人は捕まえられたとしても恐らく和也の救命には間に合わなかっただろう。あの日は海水温も相当厳しかったしな。」
「本当に・・・なんて礼を言ったらいいのか・・・」
「礼なんていらんよ。だけど、俺が救った命が・・・和也のようなヤツで本当に嬉しかった。それだけだ。」
「ヒロキさん・・・」
その言葉でもう俺は目から洪水。滝の様に溢れる涙が止まらなかった。
「しかし参ったな・・・」
「え?」
「妹、会っただろ?」
「あっ・・・うん。」
手術後に待合室に血相を変えて駆け付けた女性がいたんだけど、よくよく聞いてみればその人がヒロキさんの実の妹らしくて、顔も喋り方もちょっと似てたから直ぐに兄妹だって分かった。
「どうしても東京へ連れて帰るって利かなくって・・・」
「病気の事が心配なんだよ。」
「ああ・・・でも俺はこの先どうせ長くはない。今の暮らしが気に入ってる。俺の好きにさせてくれと言ってるんだが・・・あいつは死んだ母親にそっくりなんだ。言い出したらきかないところがあって。」
「こんな事があったから余計に言えなくなるよね?」
「一人じゃ何か有った時どうするんだ?って煩いんだよ。」
「確かに・・・あの時もビニールハウスで倒れてるの見て俺ビックリしたもの。俺が見つけたから良かったものの・・・」
「フフッ・・・そうだな。まぁ、それでそのまんまあの世に行ったとしても俺が選んだ人生だと思ってるから良いんだけどね。」
「そんな・・・せめて誰かと一緒なら妹さんも文句は言わないと思うけど・・・あっ、そうか・・・」
「えっ?何だよ急に・・・」
「あ、ううん。何でもないです。」
この時、ヒロキさんに命を助けて貰った恩返しをしたいって事で俺の頭の中は一杯だった。愛する人の事を決して忘れてたわけではないけど、この時は真っ先にこの俺がヒロキさんとあの家に住んであげれば全て解決するんだって勝手に思い込んでしまったんだ。
つづく