真夜中の虹 91
俺は新幹線で東京へと向かい、ヒロキさんから譲り受けた別荘地を目指した。別荘の鍵も一緒に渡されてたから早速今日からでもそこで暮らせる。戻る場所の無い俺からすれば、これほど有難い話はなかった。面倒な手続きはヒロキさんの会社の顧問弁護士さんが何もかもやってくれるらしく、俺はただヒロキさんの妹さんに連絡を入れてそこへ向うだけで良かった。広島駅から約5時間半も掛けてようやく俺はその別荘に辿り着いた。そこは自然に囲まれた高台にあって、到着した時はすっかり日も暮れ掛けてたから景色まではよく分からなかったが、空を見上げたらとにかく星が手に届きそうなくらい近くに見えた。
「すげぇー・・・」
思わず声に出してちょっと感動すらしてる。それよりも、何よりもヒロキさんから譲り受けた別荘が引くほど大きくて外観見ただけで本当に俺なんかが貰っていいの?って、一瞬戸惑ったくらいだ。ガレージには高級車が停まってて、備え付けの家具や家電等もそのまま全て譲ってくれるということだった。俺一人が暮らすのにはかなり勿体ない気もする。ヒロキさんの遺言では、俺と智がよりを戻して一緒に暮らせるようにってことだったけど、俺は智には会わないと決めていた。っていうか、逢いたいけど・・・その勇気がない。もしも逢いに行って、また知らないヤツが智の傍に居たら、俺はきっと平常心ではいられないと思うから。誰かに意気地なしと思われようが、傷付くことをなるだけ避けたかった。
それから1ヶ月位経って、俺は奥多摩の観光地で小さなカレーライスの店を開いた。国道沿いのコンテナを借りて限定30食の細々目立たない程度の商売だった。何故カレーかっていうと、理由は単純で以前智に作ってあげたカレーがとにかく美味いって絶賛された事が有って、「お店開きなよ。」ってしつこいくらい言われた事で若干カレーには自信が有った。お陰様で限定の30食は毎日あっという間に完売という盛況振りだった。そんな何気に充実した日々を送っていたある日の事・・・
「すみませーん、カレーライスを二つお願いします。」
コンテナに設置したカウンターに二人の客が訪れ、俺はその見覚えのある二人に一瞬頭を抱えた。何故なら、その二人はあの相葉さんとみのりちゃんだったからだ。
「申し訳ありません。たった今本日のカレーは終了しちゃいました。」
「ウフフフ・・・にの、みぃつけた!!」
「は?人違いですよ。」
「何言ってんだよ。こっちはどんだけ探したと思ってんのさ。」
「二宮さん、お元気そうで何よりです。」
「みのりちゃん・・・」
「いいから早くカレー食べさせてよ。」
「だから、終わりなんだってば。」
「嘘つけ!本当は有んだろ?分かってんだからぁ。もう俺達お腹ペコペコなんだからね。」
「んもう、分かったよ。煩いなぁ・・・」
俺はとりあえず立て看板を引っ込めて、相葉さんとみのりちゃんにカレーを用意してカウンターに並べた。
「へぇ・・・普通に美味そうじゃん。それじゃ頂きまーす。」
「本当に美味しそう。頂きます。」
「で?・・・俺に何の用?」
「何って、決まってるじゃん。」
「は?」
「捜索の依頼だよ。お前の事探してって。」
「えっ?」
「にのが広島から姿消したもんだから、皆心配してたんだからね。何で連絡くれなかったんだよ?」
「誰にも・・・逢いたくなかった・・・」
「うん・・・気持ちはわかるけどさ。あの社長さん、亡くなったそうだね。」
「ああ・・・それにしてもよくここが分かったな。」
「一応探偵だからね。」
「そっかぁ。そうだよな。」
「ここ、一人で経営してるの?」
「うん。悪いけど、それ食べ終わったら帰ってくれる?」
「えっ?まだ話は終わってないよ。」
「俺は話すことは何もない。」
「もう察しはついてるだろうけど、お前の事探してくれって依頼してきたの大野さんだよ。」
「・・・そう。あの人・・・元気にしてるの?」
「自分で連絡してあげなよ。どれだけ心配してると思ってんの。」
「俺とここで逢ったことは内緒にしておいて。」
「何でだよ?」
「頼むからもう俺のことはほっといて。」
「それじゃ大野さんが可哀想過ぎるよ。」
「このままの方がいいんだよ。俺は今の生活に満足してるし、今が一番幸せなんだ・・・」
「大野さんが何をしたって言うんだよ?あの人はニノの事が心配だから・・・」
「あの人は何も悪くない。」
「だったら・・・」
「俺の居場所は教えないで下さい。」
「そうか・・・分かったよ。みのりちゃん、帰ろう。こんな風になっちまうなんて・・・ガッカリだよ。」
「所長・・・でも・・・」
「こんなヤツはニノじゃないよ。帰ろう。で?幾ら?」
「あ、いいですよ。」
「そう?それじゃご馳走様。」
相葉さんは俺に失望し、若干苛立ちを抑えきれない様子で帰って行った。俺も何であそこまで言ったのかは自分でもよく分からなかったけど、やはりどうしても今更あの人に甘えるなんて、そんな都合のいい話はないって自分の中で勝手に決めつけてたのかも知れない。
つづく