真夜中の虹 92
どうせ相葉さんの事だ。俺の事は話さないでと言ったところで話すんだろうと、おおよそ見当はついていた。だから俺は相葉さんが来店したその翌日には「勝手ながら暫く休業させて頂きます。」という貼り紙を店の入り口に貼り、暫く仕事を休業しようと決めた。相葉さんからここの居場所を聞いたら、きっと智は店を訪ねて来るに決まってる。何故ここまであの人から逃げるような真似をしてるのか、もはや自分でもよく分からなくなってる。逢いたくない?いいや、ホントは逢いたくて仕方ない。でも、何故か逢っちゃいけないって自分の中で何時もそこに辿り着く。追い掛けられると逃げたくなる心理っていうやつ?で、考えるのももう正直面倒くさくなっちゃって・・・それならいっそこのまま身を隠してた方が絶対楽なんだって思う様になってた。
俺が住んでる場所だって、相葉さんはきっと既に突き止めているはず。ヒロキさんの妹さんに尋ねれば直ぐに分かる事だ。智が家を訪ねて来ないところをみると、完全に諦めたんだろうと勝手に思い込み仕事もそう長くも休んでられないから、貼り紙をして2週間程経過してから俺は店を再開した。流石に休業の貼り紙のお陰で客足は疎らになっていた。自分で決めた事なのに、意味の分からないボヤキが口から零れる。
「あんなに繁盛してたのに、いい迷惑だよ・・・ったく。」
普段はランチタイムが主流だけど、この日は本当に客足が少ないから夕方まで看板を下ろさずに粘ってみた。暫く待ってみたけどそれでも客は来ない。梅雨の季節というのも有るけど天気も午後から下り坂で、本格的に雨が降り出したから、今日はもう諦めるか・・・と、立て看板を引っ込めようと表に出たその時だった。
「カズ・・・」
「あっ・・・」
店の前に傘も持たずにずぶ濡れ状態の智が切ない顔して立ち竦んでいた。
「もう・・・終わりなの?」
「えっ?」
「あっ、うん・・・カレーは・・・終わりました。」
「そうじゃないよ。俺達のことだよ。」
と、少し怒った口調で口を尖らせてそう言った。
「と、とにかく中入りなさいよ。あなた、何時からそこいたの?ずぶ濡れじゃん。」
「・・・いいの?」
申し訳なさそうに俺の顔色を伺いながら聞くから、俺は看板を中に入れて智に店の中に入るように促した。それから厨房の方にタオルを取りに行って、それを智に手渡した。
「ふ、拭きなよ。風邪でも引いたらどうすんの?」
「うん、ありがと・・・」
俺が追い帰すとでも思ってたのかな?ちょっとホッとした表情でタオルを受け取ると、くしゃくしゃッと頭をそれで吹き上げた。それにしても、Tシャツもジーンズも靴の先までずぶ濡れ状態だ。
「何で来てたんなら中入らなかったんですか?そんなになるまで外に立ってるなんて無茶苦茶ですよ。」
「おいらの顔、見たくないんじゃないかって思って・・・」
「でも、そう思ってるならどうしてわざわざここまで来たの?」
「だって、おいらはカズに逢いたいから・・・」
本当は俺・・・この言葉をこの人の口から聞きたいだけだったのかも。だけど、俺ってズルい人間だから自分も逢いたかったなんてここでは絶対に言わないんだよな。
「俺のカレー食べます?」
「え?いいの?でももう終わったんじゃ・・・」
「ここじゃなくてもカレーは食えますよ。」
「えっ?」
「そのびしょ濡れの格好のまま何処に泊まるつもりなの?うち、来ればいいじゃん。」
「カズ・・・?」
「ほらぁ、ぼぉーっとしてないでさっさと行きますよ。」
俺は智の背中を押して表に停めてある車の助手席側に彼を押し込んだ。俺はこの人が逢いに来てくれるって本当は心の何処かで期待してたのかな。こうして逢いに来てくれた事が嬉しくて嬉しくて仕方ないくせに、それを表に出さない様に平然を装って俺は車のハンドルを握り締めた。
つづく
長らくお付き合い下さりありがとうございます。次回はいよいよ最終話とさせて頂きます。