
第3章
争奪戦④
それから車でおよそ1時間半近く掛けて、俺とニノは箱根の温泉街に来ていた。この辺りの土地勘があるのか、ニノはカーナビも使わずに目的地に向かってる。
「地図、見ないでも分かるんだ?この辺良く来るの?」
「えっ?・・・気になります?」
俺が質問するとすぐこれだよ。
「気になる。」
「えっ、ホントに?俺に興味持ってくれた?」
「うん。凄い興味ある。」
お互い面と向かってないからそういうことが言える。でも、ちゃんと答えようとしないから、本当に気になるんだよ。
「待ってね。後でゆっくり教えてあげるから。あ、もう直ぐ着きますよ。ほら、あそこが今夜俺達が泊る旅館です。」
「へえ・・・。なんか豪華だなぁ。」
「箱根では結構人気の旅館なんですよ。」
車は旅館の敷地内へと到着し、広々とした駐車場に車を停めて玄関へと向かった。
ニノはさっさとロビーに向かい、フロントでチェックインを済ませて部屋の鍵を受け取った。
「こっちです。」
「えっ?あ、うん・・・」
ニノは間違いなくここの旅館は初めてでないとみた。それは、あまりにも慣れた感じで迷う事なく俺の先を歩いてく。
「ね、ここ幾らすんの?めちゃくちゃ高級感有るけど・・・」
「一人1泊28000円くらいかな。二人で6万円弱ってとこ。」
「ちょっとお高くないか?」
「お金の事心配してるの?」
「だ、だって・・・」
「心配しないでいいよ。ここは俺が持ちますから。」
「え?いや、べつにそういう意味で言ってるんじゃないんだ。」
「それじゃどういう意味ですか?」
男二人で温泉旅行に普通そこまで高い旅館とか泊るかな?こんな風に考えるのもあれだけどニノのアパートもどう見たって高級思考だとは思えなかったけど。
「あ、お部屋はここだよ。」
ニノは何食わぬ顔で部屋の鍵を開けた。
マジか・・・俺らみたいな野郎二人で泊るような部屋じゃないぞ。って思うくらい立派な部屋だ。そりゃ1泊28000円のことだけあるわ。窓から見える景色が絶景で、紅葉してる木々が見事にその部屋を演出してる。和室の部屋に靴を脱いで上がると、ニノがいきなり畳の上に寝転んで背伸びをした。
「うーーん、疲れたよぉ。」
「ずっと運転してたもんな。」
「俺あんまり腰が丈夫じゃないの。」
「大丈夫か?」
「ちょっと休憩すれば平気だと思う。」
「電車使えば良かったな。」
「ううん。ホント大丈夫だよ暫くこうしてれば・・・」
そう言って、そのまま左腕で目元を覆うようにして仰向けで寝転んでた。
トントンッ・・・
「失礼します。」
突然仲居さんが現れた。
「ようこそ、いらっしゃいませ。」
「こんにちは。お世話になります。」
「ああっ、和也坊ちゃま!」
「え?あ、雪乃さん。何でここに?」
ニノが慌てて飛び起きた。
「ぼ、坊ちゃま?」
「マジかよ?雪乃さん本館じゃなかったの?」
「先月からこちらの別館に移動になったんですよ。それより、女将さんはご存知なんですか?」
「母さんはまさかこっちじゃないよね?」
「女将さんは本館にいらっしゃいますけど。お坊ちゃん、女将さんがどれだけ心配なさってたか。」
「いいから、母さんにはここに俺が来てる事、絶対内緒だからね。」
「ニノの母ちゃん、死んだんじゃなかったの?」
「えええっ?ちょっと、お坊ちゃん。」
「もう、雪乃さんは出てってよ。話がややこしくなるから!」
「お、お食事はどうなさいます?」
「18時に運んでよ。ねえ、絶対母さんには言わないでよ。言ったら雪乃さんの事一生恨んでやるから。」
「わ、分かってますよ。それじゃ18時に。あ、お連れの方はお友達でいらっしゃいますか?」
「いいからほっといてよ!」
「それじゃあ、ごゆっくり。」
雪乃という仲居さんは、まだ何か言いたそうな顔で部屋を出て行った。というか、ニノが完全に追い出したんだけど。
「ニノ?」
「な、何?」
「俺に嘘付いたね?」
「はっ?何のことでしょう?」
「ご両親って早くに他界したとか言ってなかったっけ?」
「え、ええっ?誰がそんなこと?」
どうやら、ニノはこの旅館の本館の方の女将の息子らしい。どうりで旅館の事詳しいはずだ。料金だって身内だから安く泊まれるんだろう。だけど、何やら深い訳ありのようだ。俺は益々ニノの素性が気になって仕方ない。でも多分色々聞いても素直に話してくれるとは思えない。ここは触れずにそっとしておいてやるか。
つづく