
第3章
争奪戦⑤
「どうします?まだ夕飯まで3時間近くあるけど。この辺散歩にでも行きます?」
「いや、おいらやっと二日酔いから復活したところだし、歩き回る体力が・・・」
「それじゃ、温泉行きます?頭もスッキリすると思うけど。」
「それじゃ、そうしようかな。」
目的は温泉なんだから、当然のことながらそうなるよな。
「露天風呂、案内しますよ。」
「うん。」
俺達は旅館のタオル一枚握って露天風呂へ向かった。男湯の暖簾をくぐって脱衣所に着くと、ニノが目の前でさっさと服を脱ぎ始めた。
「えっ?ニノも入るの?」
「そりゃあ入るでしょ?温泉に来たんだもの。」
マジか・・・って、なんでおいらが焦ってるんだ?だって、昨日の今日の話だぞ。おいらは酔ってたとはいえ、無意識にでもニノとよからぬことをしたかもしんないのに。
「何をボーっと突っ立ってんの?」
「え、あ、いや・・・」
「おーのさん、言っておきますけど俺の裸見て変な気起こさないで下さいよ。」
ニノが俺をからかうようにそういう事を言ってケラケラと笑う。まあ、無理もない。確かに俺は今朝の光景が頭から離れないから、完全にニノの事を意識してるのは事実。
俺は仕方なくニノから視線を外すように背中を向けて着てる服を脱いで脱衣籠に入れた。それからタオルで大事な部分を隠すようにして外に出ると、絶景パノラマのお出迎えだ。
「すげえ。」
山が程よく紅葉していてお天気も最高で、高台だから遠くの海まで見下ろせる。
「最高でしょ?」
「う、うん。」
「来て良かったでしょ?」
「うん。」
岩風呂にちゃぽんっと足を入れて湯船に浸かると、丁度良い湯加減。肌寒い気温だから身体が芯まで温まりそう。
「よいしょっと・・・」
こんなに露天風呂は広いのに、しかも客はまだ俺とニノしか居なくて貸し切り状態だというのに、俺の真横に腰を下ろすニノ。
マジかよ・・・もう。勘弁してほしい。俺はなるべくニノの方を見ないようにして遠くの景色を眺める振りをする。
「さっきさぁ、後でちゃんと教えるって言ったでしょ?」
「えっ?」
「本当に、ここに着いてから話すつもりだったんだよ。」
「な、何を?」
「何でここの土地勘が有るのかって話だよ。」
「ああ、そのことか。」
「俺の母さんの実家はあなたと同じ三鷹なんだよ。父さんは俺が生まれて間もなく事故で死んじゃってね。暫く俺は三鷹のおばあちゃんちに預けられてたの。それから俺が5歳の時に母さんが再婚したんだ。それがここの旅館のオーナー。二人の間に子供が授かんなくてさ、俺が跡継ぎってことになるんだけど、俺は俺で自分のやりたい事が有るから学校を卒業してからは一人で上京して好きな事やらせてもらってたの。今年の4月に母さんに呼ばれて久々ここに戻って来たんだけど、何かと思えば俺の縁談の話だったんだ。」
「縁談?お見合いとかか?」
「そう。勝手に話進めてて、俺が来た時は既に相手の両親と本人が俺に逢いに来てたんだ。俺は見合いは勿論、結婚なんて全然するつもりなかったから、一応見合いだけはしたんだけど、それから東京に戻って住んでたマンションも引き払って、ずっと親と連絡を絶ってたの。」
「そんなことが有ったんだ。」
「ゴメンね。だから、全部が全部嘘付いてたってわけじゃないんだ。」
「ん、まあ、そういう細かい話をあの状況で話すっていうのもね・・・」
「うちの旅館は最初は本館だけだったんだけど、今じゃ別館が3つあるんだ。ここは最後に出来た3号館なんだけど、まさか雪乃さんが移動で居るなんて思わなかったから。」
「あ、さっきの仲居さんか。」
「うん。彼女は母さんの右腕みたいな人なんだ。ずっとここで働いてるの。ここの別館には俺の事知ってる古い人間は一人も居ないから選んで予約したのにな。」
「お母さんにバレるの、時間の問題じゃないの?」
「そうなんだよね。女って口が軽いからさ。まぁその時は、勿論協力してくれるよね?」
「ええっ?協力するって、何をどうやって?」
「俺と付き合ってる事にしてください。」
「ええっ?」
「だって俺も協力したげたでしょ?」
「お、親にそんなウソ付いていいわけないでしょ?」
「息子がゲイだって分かったら、そりゃあ驚くだろうけど、流石に人様にそんな息子二度と紹介なんてしないだろうし。」
「ニノって、ゲイなの?」
「はぁ?まさか。残念ながら元々そんなのに興味ないですよ。」
って事は、俺とも何も無かったってことか。
「だ、だけど本当に嫁さん貰う時、それじゃ困ると思うけど・・・」
「あ、俺、一生結婚なんてする気ないですから、ご心配なく。」
「そ、そんなこと言って、後で気が変わってもしんないぞ。それに、おいら芝居とか無理だってば。」
「べつにお芝居とかしてくれなくてもいいよ。」
「だって・・・」
「俺はおーのさんと本気でお付き合いしても構わないと思ってますし。」
「はっ?」
「さっ、背中流してあげる。洗い場行きましょ。」
「いっ、いいよ。そんなもん、自分でやるから。」
「あはははっ。それでもいいけど、いい加減出ないと逆上せちゃうよ。さっきから顔が真っ赤じゃん。」
そんなこと言われて赤くならないのが可笑しいだろ。もう、昨日から本当に次から次に色々なことが有り過ぎて、頭の中が追い付けずにオーバーヒート気味の俺だった。
つづく