第3章
争奪戦⑦
それは信じられない程に痺れるような長い長いキスだった。ニノが男だってことも百も承知。それなのに、気が付けば俺は一瞬で堕ちていた。
正直言うと俺は泥酔して目が覚めた時、自分が夕べの事を何も覚えていなかったことに苛立ちを感じてた。それは、紛れもなくニノの事を意識してる証拠。
さっきだって、ちょっとでも風呂場でニノの素肌を見てあんなにドキドキするとは自分でも思ってなくて、それを認めちゃいけないって、ひたすら自分に言い聞かせてたんだ。
だけどこんなことしてしまって、もうどうにも言い逃れ出来っこない。
ニノの事が好きなのか?これが恋なのか?と聞かれても、今は俺にも分からない。ただ、彼とのキスは最高に気持ちが良くて、身体が素直に反応した。ニノも俺の下で全く抵抗しない。身体と身体を密着させて激しく絡み合っていたら
コンコンッ・・・
「失礼しまーす。お夕飯の準備させてもらいますね。」
俺達はビックリして身体を離してその場から飛び起きた。襖を閉めておいたから、入り口から俺らの様子は恐らく見えてない。それでも心臓がドキドキしてて、平静を取り戻すのに一苦労だ。
ニノは急いで乱れた浴衣を整え、いかにも今寝てましたって言わんばかりにあくびと伸びをしながら仲居さんの前に姿を現した。
「お休みになってらしたんですね?申し訳ありません。お時間でしたので・・・」
「あ、気にしないで。ちょっと温泉浸かり過ぎて疲れちゃったから寝てたの。」
「そうでしたか。ところでお飲み物はどうなさいます?」
「おーのさん?」
「はっ?えっ・・・」
「ビール?」
「あ、いや。おいら今夜は止めておく。」
「何で?飲もうよ。」
「いや、やっと二日酔い醒めたからさ。ニノだけ頼みなよ。おいらは水でいい。」
「それじゃ、ウーロン茶二つで。」
「ニノは飲んでいいのに・・・」
「いいよ。あなたが飲まないなら俺も飲みません。」
「それじゃ、ウーロン茶直ぐにお持ちしますね。」
仲居さんがテーブルの上にズラリと旨そうな料理を並べて一旦部屋を出て行った。さっきまでひと言も喋らずにあんなことしてた俺達は、たちまち二人っきりになって気まずい空気が流れた。
「はぁっ、とんだ邪魔が入ったね。」
「えっ・・・あ、うん。」
邪魔と思ってくれたんだ?ってことは、喜んで受け入れてくれたって事か?
「座ったら?」
「あっ、ああ」
「なかなか美味しそうでしょ。食べましょうか。」
「う、うん。」
「頂きまーす。」
「頂きます。」
それからお互い特に会話もなく、黙々と料理を食べ始める。
「あ、あのさ・・・」
「んっ?」
「ウーロン茶、お持ちしました。」
「ありがと。」
「何か有りましたら、フロントまでお申し付け下さいね。それではごゆっくり。」
「おーのさん?なに?」
「あ、うん、あのさ、ニノはその、そういうことに抵抗ないの?」
「そういうこと?」
「おいらが男だってことに。」
「あなたは?俺が男だと意識してさっきみたいなこと出来るんですか?」
「意識は・・・しなかった。」
「じゃあ、俺も。」
「じゃあって。」
「俺はあの子にも言いましたけど、好きになるのに男も女も関係ないと思ってるから。勿論、男の人と付き合うのは初めてなんだけど。」
「あの子?ああ、奈緒ちゃんか。」
「そう。あなたはさ、あの子から逃れたい、俺は母さんの縁談話から逃れたいわけで、それがきっかけとしても2人が付き合うのは凄く合理的だと思ってる。」
「そ、そうかなぁ。」
「だって、事実にしちゃうことでお互いに変に嘘付いたり、お芝居の必要がなくなるわけですからね。あ・・・勿論それは相手があなただからっていう前提の下での話ですけど。」
ニノがあれこれ理屈を並べて俺に説明するから、不思議とそれが自然なことで、何も可笑しなことじゃ無いんだって思えてくる。
「それにね、こんなこと言うと気持ち悪いかもしんないけど、俺初めてあなたに会った時、運命感じたんだ。」
「う、運命?」
ちょっと大袈裟じゃねえか?
「あのタクシーの時?」
「そう。だってあれだけ人が沢山居た中で、俺はあなたを選んで声を掛けたわけですから。」
「一応選んだんだ?」
「そりゃそうでしょ。いくら何でも厳ついオジサンとかに声掛けたりしないよ。」
「それはおいらが断れないって雰囲気出してたからでしょ?」
「それじゃ、あの時あなたも俺以外の人から声かけられたら、誰でもOKしてた?」
「そりゃないな。おいらはニノだからイイって思った。」
「ほらね。だからそれが運命なんだよ。俺とおーのさんは、赤い糸で結ばれてたんだって。」
運命ねぇ・・・以前翔君だっけか?運命の赤い糸の話をしてた事を思い出した。
「だったら、直ぐに結婚しなきゃだよ?」
「うふふふ。本当ですね。」
こういう冗談めいた話をしていても、ニノはなんか凄く居心地がイイと感じる。
「おーのさん、総括してお話していいですか?」
「えっ?何?」
「さっきのことは、あなたの返事だと受け取ってもいいですよね?これから、あなたと俺は互いに協力し合うって事でいいですよね?」
「協力?」
「はい。そこはちゃんと俺も確認しておきたいので。」
「それは・・・つまり・・・」
「俺達が今後本当に恋人同士としてお付き合いするということですよ。」
「こ、恋人同士?」
「ここはとても重要な話なんで、真面目に答えて下さい。」
「ちょっ、待って。何もそんな焦らなくてもさ。」
「駄目だよ。ちゃんと今答えて。」
ニノは凄く真剣な表情で俺に訴え掛けた。
つづく