第3章
争奪戦⑧
「ニノとはまだ知り合って間もないし、お互いの事もまだよく分かってないじゃん・・・」
これって、確か奈緒ちゃんにも似た様なことを言った気がする。
「そんなの、最初は皆そうじゃないの。付き合ってくうちに色々分かることだし、例えばおーのさんに変な性癖があるとかなら別だけど、直感っていうのは大事だと思うよ。」
「そ、それはそうだけど。」
「それじゃあ聞くけど、おーのさんは好きでもないのに俺にああいう事平気でするの?」
「え・・・いや、そうじゃないけど。」
「分かりました。おーのさんは乗り気じゃないんだ?だったらこれ以上は俺も必死になって説得するだけ無駄でしょうから、この話は無かった事にしましょう。」
「えっ・・・」
「せっかく奈緒さんのこと、何とかしてあげようと思ってたのに。」
「こういうの、ノリで決める事じゃないって思う。」
「あ~お腹いっぱい。ご馳走様でした。俺、ちょっと散歩してきますから、おーのさんはゆっくりしてて下さい。」
「えっ・・・ニノ?」
「とにかくもう、夕べの事もさっきの事も無かった事にしていいですよ。安心してください。」
そう言ってニノは眉を顰めてちょっと残念そうな表情をして、一人で部屋を出て行った。俺、ニノのこと傷付けた?
多分ニノはそこまで考えて言ったつもりはなかっただろうに。俺の方が勝手に重く捉え過ぎて躊躇してしまった。
口ではあんな風に言ってたけど、きっと心の中では呆れてるだろうな。やることはやっておきながら、どんだけ慎重なんだよって。
こんなんじゃ、俺はこの先誰とも恋愛なんて出来ないんじゃないの?だったら最初からあんなことしなきゃよかった。だけど、さっきは本当に自分自身を制御出来なかったんだ。
済んでしまった事を後悔しても仕方ない。やっぱりキチンと謝ろう。俺はそう思って、ニノの後を追い掛けた。
館内を歩き回ってニノを探すけど、何処にも見当たらない。
ここの浴衣姿だから、表には出て行かないだろうけど、ちょっとだけ心配になって、とりあえず玄関の方向へ向かうと、フロントで従業員に話し掛けてるニノを発見した。
「キャンセル、1件くらい出てるでしょ?何とかなんないの?」
「はぁ、そう言われましても、今日はあいにく週末という事もあってどの部屋も満室でして・・・」
「だから、そこを何とかしてくれって頼んでるの。」
「に、ニノ?」
「あ、おーのさん。」
「何してんの?」
「何って、部屋を別々にして貰おうと思って。」
「ええっ?」
「お客様、大変申し訳ございませんが、今夜はやはり別のお部屋のご用意は無理かと・・・」
「雪乃さんは?雪乃さんを呼んでよ。」
「仲居の雪乃でございますか?」
「そうだよ。他に居るのかよ?」
「ニノ、ちょっと。」
俺はニノの腕を掴むと、ロビーの脇へと引っ張ってった。
「何だよ?今取り込み中なんですけど。」
「いいから、落ち着けって。」
「だって、おーのさんは俺の事受け入れられないんでしょ?俺とまた一晩一緒に過ごすなんて有り得ないでしょ?」
「誰もそこまで言ってないじゃん。部屋も空いてないってフロントも困ってるでしょ。」
「雪乃ならなんとかしてくれますよ。」
「いいの?お母さんには俺と付き合ってる事にしたいんじゃないのかよ?」
「だって。」
「本当に付き合う、付き合わないって話は今決める事じゃないとは思うけど、俺は一切協力しないとは言ってないじゃん。」
「おーのさん・・・」
「いいから、部屋に戻ろうよ。とりあえず、今後の事について話し合おう。」
「いいの?一緒の部屋で・・・」
「いいってば。」
「わ、分かったよ。」
ニノはフロントに戻って今の話は無かった事にしてくれと告げた。
「和也坊ちゃま。お呼びですか?」
「あ、雪乃さん。今頃もういいよ。」
「どうかなさいましたか?」
「何でもないよ。行こう、おーのさん。」
「う、うん。」
俺達が部屋に戻ろうとしたその時だった。
「カズ?あんた、ここで何してるの?」
「か、母さん?」
「母さんじゃないわよ!待ちなさい!」
着物姿のニノの母親が、凄い剣幕で慌てて立ち去ろうとしてる俺達の前に立ちはだかった。
「ゆ、雪乃さん、あんなに黙っててくれって言ったのに、話したの?」
「わ、私は何も・・・」
「雪乃は関係ないわよ。カズ?説明しなさい。今まで何処に逃げてたのよ?母さんがどれだけ心配したか分かってるの?」
「うっさいな。俺は客で来てんの。俺に構わないでくれる?」
「生意気言ってるんじゃないわよ。それで?そちらの方は、どちら様?」
「えっ、母さんには関係ないから帰ってよ。」
「お母さんでいらっしゃいますか?初めまして。僕は大野と言います。和也君とは・・・数か月前からお付き合いさせて貰ってます。」
「お、おーのさん・・・」
「えええっ?お、お付き合いですって?」
これから部屋に戻って対策を立てようと思っていた矢先にお母さんが現れたから、もう悠長な事は言ってられなくて、それは咄嗟に俺が選んだ言葉だった。
つづく