
第3章
争奪戦⑨
あまりにも突然の事で、俺はニノを助けなきゃって、ただその一心であんなこと言ってしまった。だけど流石に自分の子が男の俺なんかと付き合ってると言われれば、どんな母親でも動揺しないわけがない。
「ちょっと、ここではなんだからお部屋に戻ってゆっくり話しましょう。」
「いいよ。母さんは来なくて。」
「あんたは黙ってなさい!」
ニノは、ずっとおばさんから逃げてたわけだから、そりゃ当然のことながら激怒されることは分かってるだろうけど、問題はこれからだ。
俺がニノと付き合ってる事を、突き詰めて聞かれるに決まってる。まだニノと具体的な打ち合わせもしていないのに、ここをどうやって俺は乗り切るつもりなんだ?
客室に戻った俺達は、俺とニノが並んで座り、テーブルを挟んでおばさんが、まるで面接でも始める様に話を始めた。
「あのさ母さん、聞いて。」
「いいから、あんたは黙ってて。」
「何だよ?俺に話があるんじゃないのかよ?」
「こういう事情と知って、あんたの言葉は信用出来ないわよ。」
「こういう事情って、大袈裟な。」
「大野さん、でしたっけ?」
「あ、はい。」
「お付き合いって、どういう事でしょうか?」
「もう、母さんったら何を言ってるの?付き合ってるって言ったら付き合ってるんだよ。」
「だから、カズは引っ込んでなさい。」
「ニノ、おいらが説明するよ。」
「おーのさん。」
「僕は和也君の事を本気で愛してます。知り合ってからは間もないですが・・・あの、僕の家で一緒に暮らしてます。」
「お、おーのさん?」
「うちの子は男ですよ?」
「はい。勿論それも分かってます。」
「それじゃ、お見合いした後、家出したことはご存知だったの?」
「いえ・・・それは知りませんでした。実は僕もさっきその事を本人から聞いたばかりなんです。」
「こうしてお見掛けしたところ、あなたもまだ相当お若いですよね?お幾つなの?」
「あ、見掛けは若くみられますけど、歳は和也君より3つ上です。」
「それにしたって、あなただってまだ将来が御有りなのに・・・何もうちの子なんかじゃなくて、若いお嬢さんだって腐るほど居るのに。」
「僕はニノ、あ・・・和也君がいいんです。」
「大野さん?失礼ですけど、ご職業は?」
「あ、僕はフリーのイラストレーターやってます。」
「フリーの?自営をなさってるの?」
「そうだよ。もう、母さん、俺子供じゃないんだから、いい加減にしてくれよ。」
「そうね。年齢ばかり見ればあんたはいい大人だわ。だけど、あんたが取った行動は子供以下じゃないの。」
「何でか分かる?親の勝手で自分の人生台無しにしたくないからだよ。」
「母さんがいつあんたの人生を台無しになんか・・・」
「ニノ、言い過ぎだよ。」
「だって・・・」
「もうあの縁談は父さんが散々頭を下げてお断りしたの。当のあんたは好き勝手に家出しちゃって、その後父さんも母さんもどれだけ探したと思ってるの?」
「どうせ、連れ戻されるって思ったから・・・」
「大野さん、もう正直におっしゃってくれていいんですよ。どうせ、うちの子に無理やり頼まれて協力してるだけなんでしょ?」
「えっ・・・」
さすがはニノの母ちゃんだな。自分の息子のことはお見通しってやつか。でも・・・
「あの、僕らがお付き合いしてるっていうのは、嘘じゃありません。信じて下さい。」
「はぁっ、困ったわね。カズ?」
「な、何だよ?」
「あんたは、どうなの?」
「えっ・・・どうって。」
「この人のこと、あんたが真剣に想ってるとは母さんどうしても思えないんだけど。」
「あのさ、俺の事を信用出来ないにしても、他人のおーのさんがここまで言ってるのに信用できないって何なのよ?」
「それじゃあ、証拠は?」
「えっ?」
「そこまで言うなら証拠を見せなさいよ。」
「しょ、証拠?証拠なんて、どうやって見せるのさ?」
「こっ、今度宜しければ家に・・・僕たちの生活を見に来られるとイイです。」
「お、おーのさん。」
「それじゃ、是非そうさせて貰おうかしら?お宅はどちら?」
「三鷹です。あっ、なんなら住所を教えておきますよ。」
「分かりました。では日を改めてお邪魔させて頂くことにします。」
「母さん!」
「あんたにしては、なかなかシッカリなさった方だし、少なくとも大野さんは母さん信用出来るわ。」
「ほ、本当に?」
「まだ、あんたを信用してるわけじゃないから、勘違いしないの。」
「な、何だよ、それ。」
「それじゃ、大野さん。こんな息子だけど、嫌になったらとっとと追い出してくれても構いませんからね。」
「は、はあ・・・」
「カズ、明日帰るんでしょ?帰る前に本館に寄りなさい。大野さんに手土産をお渡しするから。」
「いいよ。そんなの。」
「あんたにじゃないわよ。大野さんにご迷惑をお掛けしてるんだから、大野さんに差し上げるの。いい?必ず寄りなさい。」
「分かったよ。」
「それじゃ、お疲れのところごめんなさいね。」
「い、いえ。」
おばさんは、そう言って部屋を出て行った。
「行っちゃったね。」
「はああ~緊張したぁ。」
俺は正座してたから、足が痺れて動けなくなってしまって、その場に暫く固まってた。
つづく