第3章
争奪戦⑩
「あんなこと言って、知りませんよ。」
「あんなことって・・・」
「一緒に暮らしてるって。」
「あー、あれね。だって、ああでも言わないとおばさんおいらの事も相当疑ってたし。」
「母さんの事だから、本当に来ちゃうと思いますよ。」
「マジで?どうしよう。」
「まさかそこまで考えて無かったんですか?」
「だって、前以て何も準備してなかったからさぁ、誤魔化すだけでも必死だったんだ。」
「もう、ビックリしちゃった。あなたがまさかあそこまでお芝居するなんて。」
「いけなかった?」
「いや、有難いですよ。俺はね・・・」
「本当におばさん、家に様子見に来るかなぁ。」
「間違いなく、あの言い方じゃ近いうち来るでしょうね。」
「そうか・・・困ったな。余計な事言わなきゃ良かったか。」
「もう、明日ちゃんと本当のこと言うからいいですよ。」
「待ってよ。それじゃ、ニノはどうなるの?」
「そりゃ、また連れ戻されて旅館の為にまた縁談でしょうね。」
「そ、それでいいの?」
「いい事はないけど、仕方ないですよ。」
「ちょっと待ってよ。し、暫くおいらのとこ来とくか?」
「ええっ?」
「おいらの家で暫く生活するといいよ。」
「で、でも・・・」
「おいらに協力してって言ったじゃん。」
「だけどそこまであなたに迷惑掛けられないよ。」
「一緒に暮らすといっても、シェアハウスだと思えば良いんだよ。それに、奈緒ちゃんもニノが居てくれれば簡単にうちの中に入り込んで来ないでしょ。うん、そうだよ。お互いにそうすれば協力が成立するんだもん。ニノが嫌じゃなかったら、うちに暫く越して来たらいい。」
「でも・・・」
「うちは狭いけど、一人くらい住人増えても何の問題もないよ。」
「だけど、どうしてそこまでしてくれるの?」
「言ったじゃん。おいら、昔から困ってる人見たらほっとけないの。」
「そっか。でも、ホントに迷惑とかじゃない?」
「全然・・・」
「それじゃあ、おーのさんの言う通りにしようかなぁ。」
「うん。そうしなよ。あー、緊張し過ぎたから喉がカラカラだよ。」
「うふふっ。ちょっとだけ飲みましょうか?」
「そうだね。ちょっとだけ飲もう。」
ちょっとだけのつもりだったのが、緊張から解放されたせいもあってかその後また深酒してしまい、最後は睡魔に勝てずにおいらは布団に倒れ込んで爆睡してしまった。
次の朝目を覚ますと、おいらとニノはキチンとそれぞれの布団に並んで寝てた。おいらは、隣で眠ってるニノの寝顔を見て昨日交わしたキスの事を思い出した。あれから一度もその事には触れなかったけど、忘れられる訳がない。ニノの身体の温もりと唇の感触が鮮明に蘇る。
いかん、いかん。俺はどうかしちゃってる。とりあえず朝風呂にでも入って、頭の中をスッキリさせよう。ニノを起こさないように、そっと布団を抜け出して大浴場に一人で向かった。
風呂から上がると、ニノもとっくに起きていて、早々と身支度を済ませて俺を待っていた。
「おはよう。お風呂行ってたんだ?」
「おはよう。よく眠れたか?」
「お風呂入るなら起こしてくれれば良かったのに。」
「あんまり気持ちよさそうに寝てたから。」
「朝飯食べたら母さんのところ行かなきゃ。」
「あ、そうだったな。」
「あーあ、せっかく続きをしようと思って楽しみにしてたのに、あなたまたあんなに飲むんだもの。」
「つ、続きって///」
「フフフッ、冗談ですよ。」
冗談には聞こえなかったぞ。
「ご、ゴメン。」
「いいですよ。俺も、もう焦んないことに決めたから。」
「えっ?」
「あなたとは、いずれ絶対にそうなりますから。」
「な、何が?」
「いいから、早く朝食食べに行こう。朝食は広間でバイキングですよ。」
「あ、ああ。」
今のって、どういう意味だ?そうなるって、どうなるの?
ニノの意味深な発言も聞き返すとこが出来ずに、大広間へ朝飯を食いに行った。そこに、あの仲居の雪乃さんが居て、俺達に気付くと小走りに近付いてきた。
「坊ちゃん、おはようございます。」
「あ、おはよ。」
「聞きましたよ。そちらの方、お友達だと思ってたら、坊ちゃまの彼だそうですね?」
「やっぱり女は口が軽いな。母さんに聞いたの?」
「女将さん、息子がもう一人増えたって、とっても喜んでましたよ。」
「ホントかよ?」
「凄く素敵な人だったって、ご機嫌で帰って行かれましたよ。」
「えええっ?何考えてるんだか。自分の彼氏じゃないんだから。」
「マジか・・・おいらてっきり気に入られないんじゃないかって思った。」
「いや、あなたみたいな人、うちの母さんはドストライクですよ。」
「ホントに?」
「まあ、それならそれで有難いですけど。」
「坊ちゃん、近いうちまた遊びに来て下さいね。今度はちゃんとした新婚さん用のお部屋を準備しときますから。」
「し、新婚さんって///」
「もう、雪乃さんは話が飛躍しすぎだよ。」
「それじゃ、私は仕事が有りますから、これで失礼しますね。」
「あ、うん。お疲れ様。」
ここでも色んなことが有ったけど、ひとまずなんとか丸く収まった感じかな。
俺達は食事を済ませ、チェックアウトしてニノのお母さんが居る本館へと向かった。
つづく