
第3章
争奪戦⑪
俺達の泊った別館から車で10分と掛からない場所に本館があった。ニノは車を玄関の近くに停車させた。
「ちょっと、待ってて。おーのさん。直ぐに戻るから。」
「あ、おいらも一緒に顔出しておこうか?」
「いいよ。母さんが調子に乗るから。」
「でも、挨拶くらいしといた方がよくねえか?」
「それじゃ、一緒に来ます?」
「う、うん。」
俺も、一緒にる車を降りて、旅館の中へと入った。
「ゴメン、女将いる?」
「あ、お坊ちゃま。直ぐに呼んで参ります。」
「そのお坊ちゃま呼び、いい加減やめてくんないかなぁ。」
「んフフフッ」
ロビーで5分程待っていると、奥からおばさんが現れた。
「お待たせしてすみませんね。大野さん、別館はいかがでしたか?」
「えっ、あ、とても居心地が良かったです。」
「そうですか。是非次は本館にもいらしてくださいな。」
「あ、ありがとうございます。」
「ほら、カズ、あんたボーっとしてないで、控室にお土産を用意してあるから、持ってきなさいな。」
「うっせえなぁ。」
「大野さん、うちの子気が利かないでしょ?ごめんなさいね。」
「そ、そんなことないですよ。」
「そう?ご迷惑掛けてるんじゃありません?」
「迷惑だなんて。和也君は僕の仕事とかも手伝ってくれてて、本当に助かってるんですよ。」
「それで、今週の木曜日、私東京に丁度用事があるんですよ。その時にお宅に一度お邪魔しようと思ってるんだけど。」
「も、木曜日・・・ですか?」
「お忙しいかしら?」
「い、いえ。特に何のお構いも出来ないかもしんないですけど、是非いらしてください。」
ニノが段ボール箱で何かお土産らしきものを抱えてきた。
「母さん、何なの、これ?こんな沢山いらないってば。」
「うちの調理場で取り寄せてるお味噌やお醤油、あとお野菜も入ってるのよ。」
「いいよ。そんなのうちにも有るし。」
「あんたにじゃないって何度言えば分かるのよ?これはカズがお世話になってるから、大野さんに差し上げるの。黙って車に積んでらっしゃい。」
「な、なんか、お気遣いありがとうございます。」
「いえ、カズがお世話になってるんだから当然ですよ。」
「おーのさん、荷物も積んだから、そろそろ行きましょう。」
「カズ?」
「なんだよ?まだ何かあるの?」
「あんた、ちゃんと身の回りの事自分でやんなさいよ。」
「分かってるよ。そんなこといちいち心配しなくても。」
「それじゃ、大野さん、また木曜日にね。」
「あ、はい。お待ちしてます。」
俺達はおばさんに見送られて旅館を後にした。
「木曜日って、何の話ですか?」
「あ、大変だよ。おばさん、木曜日に東京に出てくるついでに、うちにも来るって。」
「ほ、ホントに?」
「うん。こりゃ、戻ったら早速ニノの引っ越しだな。」
「そんな早速来るとは思わなかったな。」
「時間が空くと、またニノが逃げるとか思ってるんじゃないか?」
「そうかも・・・」
「悪かったな。おいらが余計な事言っちゃったばかりに・・・」
「どうして謝るの?おーのさんが詫びる必要ないと思いますけど。」
「だって、一緒に住んでるなんて言わなければ、こんな事には・・・」
「俺は余計な事とは思ってないけど。むしろ、おーのさんが一人になりたくてもなれないから、可愛そうなんだけど。」
「まあ、部屋は余分に空いてる部屋も有るし・・・プライベートは保てるよ。」
「あ、駄目駄目!そんなこと考えてたの?母さん、俺達の生活を確かめに来るんですよ?寝室とかチェック入るからね。」
「ま、マジか・・・」
「そもそもあの人俺達が付き合ってるってのも作り話だと思ってるんだよ。一つでも芝居がバレたらそこで終了ですからね。なるべく完璧なカップルの同棲的な要素を取り入れないと。ま、そこは俺に任せて下さい。自分の親だからチェック入りそうなところ、大体分かりますんで。」
「そ、そうか。」
「しかし、もうちょっと時間欲しかったですね。あの人も思い立ったが吉日、みたいな人だから。」
「まあ、荷物の移動はおいらもなるべく手伝うよ。それにしても連休にしといて良かったわ。」
「ホント、せっかくのお休みなのに、俺のせいで台無しだよね・・・ゴメンね。」
そんな可愛い言い方されたら、文句も言えないよ。
俺の生活はどちらかというとマンネリ化してたところ有るし、たまにはこういう事も刺激になって良いのかもしれない。
「それじゃあ、とりあえず俺のアパートに先に戻っていい?」
「うん。早い方がいいよな。こういう事は・・・」
ということで、俺達はニノの荷物を取りにニノのアパートへと直行した。
つづく