第3章
争奪戦①
「うちになんか来ても何にもないよ?」
「こんな事が有ったんだから、あなたの自宅は認識しておきたいし。」
突然俺のうちに行ってみたいと言い出したニノ。そういう言い方をされると、俺は散々ゆうべ彼に迷惑を掛けちゃったわけだし、拒否なんて出来るわけもない。まぁ、俺もべつに自宅に来られてマズい事とかは一切ないし、とりあえず朝食を済ませたら一緒に自宅へ戻るという話になった。
「ところでニノは独り暮らし長いの?」
「え、あ・・・俺、両親を早くに亡くしてるんで。」
「そ、そうなんだ。兄弟とかは?」
「姉ちゃんが一人居ますよ。何で?」
「え・・・」
「俺に興味湧いてきたとか?」
また俺をからかってクスクス笑う。俺に対する質問はどんどん投げ掛けるくせして、自分のことになると何かもったい付けて答えたがらない。
今みたいに俺の事をちゃかして質問から逃げようとする。人は逃げられると追いかけたくなるのは本能みたいなもの。ニノは恐らくそれを分かっててやってるのかは知らないけど、自分の情報を小出しにしか教えようとはしない。そういう小細工を仕掛けたりするのって、あざとい女の子くらいだと思ってたけど、そうじゃないんだな。もしも俺が実験台モルモットだったとしたら、完全にその手法は試されて成功例にあげられてるところだよ。
お陰で俺はニノのことをまだよく知らない。シンガーソングライター志望のユーチューバーだって事、両親が他界してて兄妹はお姉さんが一人、葛飾にある普通の小さなアパート住まい。行きつけのBarが俺と同じで好きな飲み物はカシスオレンジ。俺が認識してる彼の情報はたったのこれだけだ。
そして、その後俺はニノのマイカーに乗って俺の自宅へと向かった。
「おーのさんって、元々三鷹は地元なの?」
「うん。実家もこっちだよ。そう離れてないんだ。」
「ふうん・・・」
「何で?」
「俺も小さい頃、こっちに住んでた事があるから。」
「へえ、そうなんだ?奇遇だね。あ、そこの信号を左。古本屋の隣が俺んちだから。」
「了解です。」
四つ角の信号を左折すると、数メートル先には俺の自宅兼仕事場が視界に入る。
「あれ?」
「ん?どうしたの?」
「奈緒ちゃんだ・・・」
「えっ?」
「何で居るんだろ?今日は休みだって知ってるのに。」
入り口にポツリと立ってる女の子は間違いなく奈緒ちゃんだった。
「あ、昨日話してたアシスタント?」
「う、うん。」
「何か忘れ物でもしたんじゃないですか?」
「そうかなぁ。」
「車、何処に置いたらいいですか?」
「え、ああ、裏に駐車場があるから・・・」
「じゃあ、停めてきますから、ここで降りて下さい。」
「うん。」
奈緒ちゃんの真横に車を停めて、俺が助手席から降りると、奈緒ちゃんが俺に気付いて嬉しそうな顔をした。
「え?あっ、先生?」
「奈緒ちゃん?どうしたの?何か仕事場に忘れ物?」
「あっ、そ、そうです。ちょっとPCのファイルのデータに気になる所が有るんで・・・確認しておこうと思って。」
「そんなの休み明けでもいいのに・・・」
「良かった。先生、ご実家か何処か泊りで行かれてるかと思っちゃった。」
「え・・・あ、うん。と、友達とこれからまた旅行に行くんだ。」
「旅行?」
もう、この時点で俺は奈緒ちゃんが俺に逢いに来ただけだって分かってたから、咄嗟に嘘を付いてしまった。
「うん。荷物を取りに戻っただけだから。待ってて、今事務所の鍵開けるから。ファイルのデータチェックだけならそこまで時間は掛からないよね?おいらが荷物準備するまで作業してていいよ。」
「旅行って?どちらに行かれるんですか?」
「ええっ?」
そこにタイミング悪くニノが駐車場から戻って来た。
「おーのさん、3台くらい停めるとこあったから、適当に置いてきたけど大丈夫かな?」
「あっ、うん。適当でいいよ。」
「あっ、こんにちは。」
「ど、どうも。」
「アシスタントさんだよね?今日って休みでしょ?忘れ物?」
「先生?こちらは?」
「え・・・あ、二宮くん。」
「お友達って、この方ですか?」
「う、うん。そうだけど。」
「二宮さん?これから先生と旅行だそうですね?いいなぁ。」
「は?」
「ほ、ほら、早く奈緒ちゃんはデータチェックしなよ。ニノはこっち。」
俺は嘘がバレるんじゃないかとドキドキだった。急いでニノの手を引っ張って自宅のリビングへ逃げるようにその場を離れた。
「旅行って、なんの話ですか?」
「シーッ、聞こえるからトーン落として!」
「でも、彼女が・・・」
「頼むよ。ここは話を合わせてくれ。後で何でもご馳走するから。」
「俺はあなたと旅行に出掛けるってことにすればいいの?」
「うん。」
「了解。」
ニヤリと不敵の笑みを見せるニノ。何を企んでるのか分からないけど、俺は既にもう嫌な予感しかしていなかった。
つづく