
第3章
争奪戦16
駅から自宅までの道のりで、俺は翔君にこれまでの経緯をかいつまんで説明した。
「大野さん、そんな大変な状況とは知らなくて、そんな時に訪ねたりしてゴメンね。」
「翔君は謝らなくていいよ。ね、それよりさ、どうすればいいと思う?」
「大野さんは、どうしたいの?」
「アシスタントはね、新たに募集を掛けてるの。特殊な仕事だし、出来れば奈緒ちゃんにはこのままうちで働いて欲しいんだけど。ニノはそれじゃ駄目だって聞かないし。」
「職場が自宅って憧れだったけど、従業員がプライベートにまで踏み込んで来るとなると、それはそれでデメリットだよね。」
「奈緒ちゃんには、自宅に入り込むのはやめてくれって言ってるんだけどな。」
「あなたの言い方じゃパンチがないんだよ。だってその子、あなたに告白したんでしょ?」
「そうなんだよね。でも、それはニノが一緒に住むことで解消されると期待してたの。」
「甘いな。大野さんは・・・」
「えっ?」
「女の子だってプライド有るんだよ。大野さんの相手が自分よりも魅力的な女性ならまだしもだよ、男性に負けてるだなんてプライドが許さないんだよ。」
「ぷ、プライドねぇ・・・」
「せめて逆なら丸く収まったのに。」
「え?逆って?」
「運命の赤い糸だよ。その赤い糸は男性の方なんでしょ?」
「う、うん。」
「でもどうして男性?大野さんって、昔からそうだったっけ?」
「ち、違うよ。おいらもこんなの初めてなんだ。」
「まぁ、今日はそのお相手に会えるだけでも来た甲斐があるよ。」
「あ、翔君。絶対このこと二人には内緒だからね。特にニノには・・・」
「どうして?あなたそのニノって子の事は気になるんでしょ?」
「自分でも何でかよく分かんないんだよ。それに、俺らはあくまでもお互いの事情を踏まえての偽装カップルって設定で合意してるんだ。本当に付き合ってる訳じゃ無いし。」
「俺が聞いてる限りだと、完全に大野さんはニノって子に惚れてると思うけど?」
「そ、そうかなぁ。なんか恥ずかしいからやめてくれ。」
「何か益々どんな人なのか、期待値が上がるな。」
「ほ、ホントに俺から色々聞かなかったことにしてよ。」
「分かってるって。」
そんな話をしながら、あっという間に自宅へと到着した。
「あっ、ここだよ。」
「オーッ、なかなか広いじゃん。」
「ただいまぁ・・・」
「あっ、先生、一体何処へ行ってたんですか?遅いから心配してました。」
「ゴメン、ゴメン。あ、翔君、彼女がアシスタントの奈緒ちゃん。」
「あ、櫻井です。初めまして。」
「な、奈緒と言います。はじめまして。」
「あ、ところでニノは?」
「知りません!」
「知らないって・・・あっ、部屋に戻ったのか?」
「さっき、先生が心配だからって車で出掛けましたけど。どっか探し回ってるんじゃないですか?」
「マジか・・・」
「大野さん、電話入れてみたら?」
「あ、そうだな。」
俺は急いでニノの携帯に電話を入れてみた。
「もしもし?」
「あ、もしもし、ニノか?今何処?」
「今何処じゃないよ!何だよ?勝手に自分だけ逃げるなんて卑怯じゃない?」
「ご、ゴメン。悪かったよ。」
「俺、今日はアパートに戻ります。」
「はっ?どうして?」
「あなたが考えてる事が分からなくなりましたから。」
「ちょ、待ってよ。一度戻って来てよ。」
「今夜はあの子にご飯作って貰えば?じゃーね。」
「に、ニノ!」
電話はそこで途絶えてしまった。
「彼、何だって?」
「あ・・・うん・・・あっちでゆっくり話すよ。奈緒ちゃん、今日はもう上がって良いよ。」
「ええっ?で、でもまだ、時間が・・・」
「悪いけど、今日は帰ってくれ。」
「わ、分かりました。」
ニノが怒ってアパートに帰ってしまった。まだ同棲を始めてから4日目だというのに。しかも、明日はニノのお母さんが来る日だっていうのに・・・。
俺は翔君を自宅に通して、インスタントのコーヒーを淹れた。
「彼は?戻って来ないの?」
「怒って自分のアパートに帰っちゃった。」
「ええええっ?マジで?ど、どうすんのよ?」
「どうしよう・・・。」
「む、迎えに行きなよ。」
「やっぱり、そうだよね?」
「そうだよ。なんだぁ、その子に会えると思って楽しみにしてたのに。」
「おいらもまさか消えるとは思って無かった。」
「・・・ご馳走様。それじゃ、俺また来るよ。場所ももう覚えたし。」
「ええっ?もう帰るの?今来たところなのに。」
「だって、あなたそれどころじゃないじゃん。早く彼のこと迎えに行かないと。」
「うん。でもさ、翔君。おいらどうすればいいと思う?」
「どうすればって・・・。それは俺が考える事じゃないよ。大野さんがどうしたいか、それだけだと思うけど。彼とは偽装ではなくて、本気で付き合いたいんでしょ?」
「わ、分かんないよ。」
「わかんなくないでしょ?あなたのその顔、それが答えでしょ。」
俺は今どんな顔してた?
「へっ?」
「まるで、本当の嫁さんに家出されちまった旦那さんみたいな顔してたよ。」
翔君はそう言って笑った。
つづく