truth
第12話 モデルの契約
それから再び俺は大野さんのマンションに戻り、
掃除や洗濯、夕飯の支度を済ませてあの人の帰りを待った。
ピンポーン・・・
インターホンの呼び出しベルが鳴り、俺はモニターもチェックせずに玄関に走った。
大野さんなら鍵を持ってる筈だけど、もしかすると俺が居ると思って鍵を置いて
出掛けた可能性は有る。
俺は大野さんと疑わずに玄関の扉を開けた。
すると、そこに立ってたのは大野さんではなく、一人の中年の御婦人だった。
「えっと・・・どちら様でしょう?」
「え・・・あ、大野さんは?」
「まだ仕事から戻ってなくて・・・」
「あなたは?」
「お、俺は大野さんの画廊で働いてる者ですけど。」
「そう・・・それじゃ、言伝を頼んでいいかしら?」
「えっ?あ、はい・・・」
「これ、先日送って下さったんだけど、お返しに来たんです。」
そう言ってその人は御仏前と書かれた封筒を俺に差し出した。
「え・・・あの、でもこれって・・・」
「娘の3回忌だったの。毎回法事の度に送って下さるのは有難いんだけど、
もうこういう事はなさらないで欲しいの。あなたから伝えて頂けるかしら。」
「はぁ・・・あ、でも大野さんもそろそろ戻って来ると思うんで、
良かったら中で待っててくれませんか?」
「ありがとう。でもあまり時間が無いの。真理の母親と言えば分かるはずだから。
それじゃ、お願いしますね。」
婦人は一方的にそう言って戻って行った。
娘さんの法事って・・・
大野さんはその真理って人を知ってるからお金を送ったんじゃないの?
だけどあのおばさんは何か迷惑そうに話してた。
何かよく分からないけど訳ありみたいだな・・・
それから、1時間後に大野さんは仕事から帰って来た。
「ただいまぁ。」
「あ、お帰りなさい。」
「自宅、覗いて来た?」
「うん。ちゃんと郵便物も整理してきたよ。」
「おっ、いい匂いだな。今夜はハンバーグか。」
「あ、うん。」
「それじゃ、先に汗流してくるわ。」
大野さん、何か今日はイイことでも有ったんだろうか?
珍しく上機嫌に鼻歌なんか歌ってて
そんなご機嫌なところに、あの婦人から預かったのし袋をどのタイミングで
渡したらいいのか、俺はちょっと躊躇ってしまう。
シャワーを済ませた大野さんは、相変わらずご機嫌な様子で
食卓に腰掛けた。
「ああーお腹空いた。食べて良い?」
「あ、うん。味はあんまり自信ないけど・・・」
「そうだ!ワイン飲もう。頂いたの有るんだ。ニノも飲めるよね?」
「えっ?あ・・・うん。でも俺あんまり酒は・・・」
「ちょっとだけ付き合ってよ。」
「う、うん、いいけど。」
大野さんはワインのコルクを抜いてグラスに注いでくれた。
「それじゃ、乾杯~」
「カンパーイ」
これって何の乾杯だ?って思いながらも、グラスを傾けて乾杯した。
「ね?何か良い事でも有ったの?」
「んふふふっ。分かるか?」
「そりゃあ分かるよ。さっきからあなたずっとご機嫌だもの。」
「あのさ、ちょっとお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
「えっ?俺に?」
「うん。」
「何?俺にお願いって・・・」
「あのね・・・」
「はい?」
「おいらと・・・」
「大野さんと?」
「付き合って。」
「ええっ?///」
「っていうのは冗談で・・・」
なんだ・・・冗談かよ。ビックリした。
「なっ、なんだよ?人の事おちょくるのやめてくれます?」
「ごめん、ごめん(笑)でも、お願いっていうのはそういう事じゃなくって、
おいらの絵のモデルになって欲しいんだ。」
「モ、モデル?この俺が?」
「うん。駄目?」
「な、何で俺?」
「昨日、風景画を買ってくれた人が今日また現れたんだよ。」
「ほ、ホント?」
「ああ。」
「それで?お金払ってくれた?」
「ううん、あれはこっちのミスだから、差額の請求はしなかった。」
「そ、そんなぁ・・・」
「でもね、ニノ驚かないでよ?」
「えっ?何を?」
「その御老人、俺の描いたあの絵を譲って欲しいと言ってきてね・・・」
「あ、あの女の人の絵?」
「うん。でもあれは売り物じゃないから断ったんだよ。そしたら、
新しく俺に描いて欲しいって・・・。」
「へえ、あの人見る目有るな。」
「だから、ニノにモデルになって貰いたくて。」
「で、でも俺なんか描いたら値打ちが・・・」
「俺、暫く絵を描いてないんだ。描きたい題材が見つからなかったから。
でも、丁度ニノをモデルに描いてみたいって思ってたところだったんだ。」
「な、何で俺?」
「何て言うか、ピュアだから・・・」
「俺が?」
「そう・・・」
「俺どちらかというと捻くれてるよ?」
「んふふっ、おいらには分かるよ。ニノは捻くれたこと言っても
真ん中は凄くピュアだよ。」
「は、恥ずかしいよぉ・・・」
俺は照れ臭くてグラスの中のワインを一気に飲み干した。
「ね、幾らで決まったと思う?」
「え?もう描く前から値段決まったの?」
「うん。おいらも仕上がりを見てから決めてってお願いしたんだけど
その人、1千万出すって言ってくれてて・・・」
「いっせんまん?」
「凄いよね?お金持ちなんだよ。もうあの損害金どころの話じゃなくなっただろ?
おいら頑張って描くよ。」
「う、うん・・・」
そんな高額な絵に俺がモデルって・・・
ビックリし過ぎて、俺は大野さんにあの婦人の話をするのをすっかり忘れてた。
続く