truth
第6話 安らげる場所
そしてそれから数日後のこと、俺はバイト先で従業員の先輩とちょっとした口論になった。
普段から責任者が不在になると、仕事中にスマホ弄ったり、サボってばかりいるから
気に入らないと思ってたんだけど、その日は何時もよりも客が多くてバタバタしてるのに
電話ばかりしてて働こうとしないから、流石に俺も頭に来てそいつの携帯を奪い取った。
「いい加減にしろ。」
「ちょっ、何するんだよ?返せよ。」
「今仕事中だろうが。電話は仕事が終わってからにしろよ。」
「はっ?お前誰に口きいてんの?お前は何時からそんなに偉くなったんだ?」
俺は胸ぐらを掴まれ、めちゃくちゃ至近距離で睨み付けられた。
「離せよっ!」
俺は掴まれたその手を振り払うと、逆に俺の方から同じようにそいつの胸ぐらを掴んで睨み付けた。
「あっ、ゴメン、ゴメン。謝るから、本気になるなよ。俺、まだ殺されたくないんで。」
その言葉にハッとなって俺はそいつから離れた。
「フフッ知ってんだよ?お前人殺してるそうじゃねえか。おぉーこええ。
あのさぁ、人殺しと仕事サボるのと、一体どっちが罪が重いと思う?」
「・・・」
あれだけのニュースになったし、判決が下ってまだ間もないんだから
近くに知ってるヤツが居るのは仕方のない事だとは思ってた。
けど・・・何も知らない、こんなクズみたいなヤツから
そんな言い方をされて、悔しくないわけがない。
その場ではグッと堪えて仕事に戻った俺だったけど
翌日には店長に電話してバイトを辞めると告げた。
それからというもの、もう人と関わる事が怖くなってしまった俺は
次の仕事にも就かずに家の中に引き籠ってひたすらゲームして過ごしてた。
それでも精神的に相当なダメージを受けてた事を、俺は全く自覚していなかった。
一日中ゲームしてても腹だけは減って、家に食材が何もない事に気付き
俺はスパーに食材の買い出しに出掛けた。
だけど、道行く人、すれ違う人が全て俺を指差し
「見て見て!あの人この前人を殺して無罪判決になった人じゃない?」
自分の目に何かフィルターみたいなのが掛かっているかのように
幻聴と幻覚の症状が現れる。
とにかく怖くてじっとしていられず、その場から走り去り
無意識に俺が向かっていたのは、あの証人になってくれた大野さんの自宅だった。
ピンポーン!
「はーい。どちら様?」
「・・・」
顔面蒼白になってる俺がモニターに映ったのだろう、大野さんは慌てて玄関を開けてくれた。
「二宮くん?」
「お願い!助けて!」
「ど、どうしたの?とにかく中に入って。」
どうしてここに助けを求めに来たのか?大野さんとはあれから一度も会ってなかったし
電話すらしてなかったのに。
「ほら、これ飲んで落ち着いて。」
差し出されたコーヒーカップを両手で受け取り、季節は真夏だというのに身体は小刻みに震えてた。
「夕飯は?食ってきたの?」
その問い掛けに俺は首をブンブンと横に振った。
腹が減ってた事すら忘れてた。大野さんは何も聞かずにキッチンに立って
俺に何か料理を作り始めた。
俺はリビングで一人でテレビを見てた。
10分くらいすると大分落ち着いて来て、ようやく何時もの自分を取り戻した。
「あ、あの・・・」
「あっ、もう少しで出来るからそこ座ってて。」
「えっ、あ、うん・・・」
そして、大野さんが手作りのオムライスを俺の目の前に置いた。
「はい、お待たせ。」
「うわっ、美味しそう。」
「味の保証はないけどね(笑)食ってみて。」
「それじゃ、遠慮なく頂きます。」
お腹が減ってたのもあるけど、あんまりそれが美味しくて夢中でそれをペロッとたいらげた。
「んふふっ。そんなに腹が減ってたんだ?」
「うん・・・もうまともに2日間何にも食ってなかったかも。」
「何があったかは知らないけど、飯だけは食わなきゃ駄目だよ。」
「う、うん・・・」
大野さんのひと言で堪えてたものが一気に崩壊して、俺の目が大洪水を起こした。
「ううっ・・・うっ・・・ごめっ・・・」
「涙は我慢せずに流した方がいいって。気が済むまで泣きなよ。」
大野さんはそう言って俺にティッシュを箱ごと手渡してくれた。俺はその言葉に甘えて暫く泣き続けた。
そして、ようやく泣き止んだ俺に、大野さんは優しくこう言った。
「俺なんかでよければ話聞くよ?」
「突然押し掛けて、飯まで貰って・・・いきなり目の前で泣かれて迷惑だよね。」
「忘れたの?」
「えっ?」
「何時でも訪ねてくれてイイって言ったのはおいらだよ?」
最初はどうしてここに来たのか自分でも分からなかった。
心が完全に病んでるのは間違いないんだけど、だからって友達でも無いのに
一度話をしただけの大野さんの家へ無意識に足を運んでしまったのは
この人と居ると不思議に癒されると感じたからだと思う。
この人だけは俺の味方、俺が安らげる唯一の場所なんだって・・・
きっとそう思ったからに違いない。
続く